「新規事業への取組が評価された」
「地域活性化の取り組みを紹介します」
ビジネスメールや報告書、企画書などを作成しているとき、「あれ、『とりくみ』って送り仮名は付けるんだっけ?付けないんだっけ?」と、ふと手が止まってしまった経験はありませんか?
多くの人が当たり前のように使っている言葉ですが、いざ自分が書くとなると「取組」と「取り組み」のどちらが正しいのか、自信を持って判断できる人は意外と少ないものです。
「上司に表記揺れを指摘されたらどうしよう…」
「公的な文書だから、正式な書き方を知りたい」
「どちらでも良い気もするけど、何か違いがあるのかな?」
そんなモヤモヤとした疑問を抱えている方も多いのではないでしょうか。
実は、この「取組」と「取り組み」の使い分けには、文化庁が示す公的なルールと、言葉が持つニュアンスの違いが深く関係しています。この違いを理解しないまま使っていると、意図しない印象を相手に与えてしまう可能性すらあります。
この記事を読めば、そのルールと使い分けが明確に理解でき、明日からの文書作成で二度と迷うことはなくなります。ぜひ最後までお付き合いください。
【結論】「取組」と「取り組み」はどちらも正解!ただしシーンで使い分けるのがベスト
結論からお伝えします。「取組」と「取り組み」は、どちらか一方が絶対的に正しく、もう一方が間違いというわけではありません。ただし、公的なルールや一般的な使われ方を踏まえると、シーンに応じて使い分けるのが最もスマートな方法と言えます。
公用文・ビジネス文書の原則は「取組」
法令や官公庁の文書、企業の公式な報告書といった「公用文」や、それに準ずるフォーマルなビジネス文書では、内閣が告示した「送り仮名の付け方」というルールに則り、送り仮名を省いた「取組」が原則とされています。そのため、格式が求められる文書や、組織内で表記を統一したい場合には「取組」を使うのが最も無難で、正式な表記と言えるでしょう。
一般的な文章やWebでは「取り組み」も広く使われる
一方で、Webサイトの記事やブログ、一般的なメールのやり取りなどでは、送り仮名を付けた「取り組み」も非常に広く使われています。これは、「取り組み」の方が漢字ばかりでなく、ひらがなが入ることで文章が柔らかく見え、読みやすいと感じる人が多いからです。また、後述しますが「取り組んでいる」という動作のニュアンスが伝わりやすいという側面もあります。したがって、一般的な文章で「取り組み」を使っても、決して間違いではありません。
なぜ迷う?「取組」の送り仮名ルールを文化庁の指針から解説
この使い分けの背景には、私たちの国語の基本的なルールが存在します。その大本となるのが、文化庁が示している「送り仮名の付け方」です。少し堅苦しく感じるかもしれませんが、このルールを理解することで、なぜ「取組」が原則とされるのかがスッキリと腑に落ちます。
原則は「複合語の送り仮名」のルールに従う
「取り組む」は、「取る」と「組む」という2つの動詞が合わさってできた「複合語」です。「送り仮名の付け方」では、こうした複合語からできた名詞について、以下のようなルールが示されています。
【通則6】
複合の語(通則7を適用する語を除く。)の送り仮名は,その複合の語を書き表す漢字の,それぞれの音訓を用いた単独の語の送り仮名の付け方による。
(中略)
《許容》
読み間違えるおそれのない場合は,次の( )の中に示すように,送り仮名を省くことができる。
例: 書き抜き(書抜) 申込み(申込) 取扱い(取扱) 乗換え(乗換)
出典:文化庁「送り仮名の付け方」
簡単に言うと、「『申込み』を『申込』と書いても読み間違えないように、『取り組み』も『取組』と省略してもいいですよ」ということです。これが、「取組」という表記が公的に認められている大きな根拠です。
「取組」は「動詞の連用形が名詞に転じたもの」
さらに、公用文で「取組」が原則とされる背景には、もう一つのルールが関係しています。それは、動詞としての意味が薄れ、完全に一つの名詞として扱われるようになった言葉の扱いです。
【通則7】
複合の語のうち,次のような名詞は,慣用に従って,送り仮名を付けない。
このルールは、「動詞の連用形(〜ます形)」が名詞に変化した言葉のうち、特に名詞としての用法が社会に定着したものは、送り仮名を付けないという考え方に基づいています。「取組」は、もともと後述する相撲の「取組(対戦)」のように、それ自体で独立した名詞として使われてきました。このように、完全に一つの名詞として定着した言葉は、送り仮名を付けないのが慣例となっているのです。
豆知識:「取組」のルーツは国技・相撲にあり
そもそも「取組」という言葉は、どこから来たのでしょうか。そのルーツは、日本の国技である相撲にあります。相撲で力士同士が対戦することを「取組」と呼び、番付表にも「東〇〇 対 西××」といった対戦カードが「取組」として記載されます。
この「一対一の真剣勝負」という意味から転じて、物事に真剣に向き合うこと、困難な課題に挑戦することなどを広く「取組」と表現するようになりました。言葉の背景を知ると、単なる作業ではなく、強い意志を持って対峙する、といった力強いニュアンスが感じられませんか?こうした語源を理解することも、言葉の使い分けに深みを与えてくれます。
意味やニュアンスに違いはある?「取組」と「取り組み」の決定的な差
ルール上は「取組」が原則とされていますが、多くの人が「取り組み」を好んで使うのには、単なる慣用だけでなく、伝えたいニュアンスの違いも影響しています。両者の違いを理解し、表現の引き出しを増やしましょう。
「取組」:一つの名詞として完成された言葉。やや硬い印象
送り仮名のない「取組」は、それ自体で完結した一つの名詞です。「事業」「計画」「課題」といった言葉と同じように、対象や概念そのものを指します。そのため、文章全体が引き締まり、客観的でフォーマル、やや硬い印象を与えます。
例文: 当社の重点取組は、DXの推進です。
→ 「DXの推進」という”計画・テーマ”そのものを指している。
「取り組み」:動詞「取り組む」のニュアンスが残る言葉。柔らかい印象
送り仮名のある「取り組み」は、動詞「取り組む」の連用形が名詞として使われている形です。そのため、「まさに今、取り組んでいる」という動作(プロセス)や、主体的な姿勢といった動的なニュアンスが含まれます。ひらがなが入ることで視覚的に柔らかい印象になり、読み手に親しみやすさを与えます。
例文: 当社では、DXの推進に取り組み始めました。
→ 「推進する」という”行為・プロセス”に焦点が当たっている。
【一覧表】「取組」と「取り組み」の違いまとめ
項目 | 取組 | 取り組み |
---|---|---|
品詞 | 名詞 | 動詞の連用形(名詞として使用) |
根拠 | 文化庁「送り仮名の付け方」の原則 | 慣用的な表記、読みやすさ |
ニュアンス | 静的(計画、課題、テーマそのもの) | 動的(行為、プロセス、姿勢) |
与える印象 | 硬い、フォーマル、客観的 | 柔らかい、親しみやすい、主体的 |
主な用途 | 公用文、ビジネス文書、法令 | Webメディア、ブログ、一般的なメール |
【実践編】シーン別・目的別の具体的な使い分け方と例文
それでは、具体的なシーンを想定して、どちらを使うべきか、より深く掘り下げて見ていきましょう。
官公庁や企業で作成する「公用文・ビジネス文書」の場合 → 原則として「取組」
省庁への提出書類、社内の稟議書、株主向けの報告書など、正確性や統一性が求められるフォーマルな文書では、公的なルールに則った「取組」を使いましょう。組織内で表記ルールが定められている場合も、それに従うのが基本です。
例文:
- 来年度の重点取組事項について、ご報告いたします。
- 本事業は、国のSDGs達成に向けた取組の一環として実施します。
- 全社的なコスト削減の取組が、業績改善に繋がりました。
Webメディアやブログなど「一般的な文章」の場合 → 「取り組み」も積極的に使用
不特定多数の読者に向けて情報を発信するWebメディアなどでは、読みやすさや分かりやすさが重要になります。漢字が連続すると、読者が圧迫感を覚えて離脱してしまう可能性があります。このような場合は、ひらがなを交えた「取り組み」を使うことで、文章全体の印象を和らげ、内容がスッと頭に入ってくる効果が期待できます。
例文:
- 子育て世代を応援する、ユニークな取り組みをご紹介します!
- 環境問題に対する私たちの取り組みが、未来の地球を守ります。
- この記事では、今日から始められる節約への取り組みを5つ集めました。
報道機関(新聞・テレビ)での使われ方 → ニュアンスで使い分け
新聞やテレビなど、正確な日本語を追求する報道の世界ではどうでしょうか。例えば、多くの記者が参考にする共同通信社の『記者ハンドブック』では、本記事で解説したようなニュアンスの違いによる使い分けを推奨しています。つまり、計画や事業そのものを指す場合は「取組」、まさにアクションしているという動的な意味合いを伝えたい場合は「取り組み」と、文脈に応じて使い分けているのです。プロの世界でも、この判断基準が採用されていることは覚えておくと良いでしょう。
もう迷わない!「取組」か「取り組み」か困ったときの判断基準
ルールやニュアンスの違いは分かったけれど、いざとなるとやっぱり迷ってしまう…。そんなときに役立つ、最終的な判断基準を3つご紹介します。
判断基準1:組織やメディアの表記ルールを確認する
最も確実な方法です。会社や部署、あるいは掲載するメディアに独自の表記ガイドライン(表記統一ルール)がないか確認しましょう。ルールが定められている場合は、個人の判断よりもそちらを最優先します。
判断基準2:「〜という行為」に置き換えられるか
「取り組むという行為」のように、行為そのものを指している場合は「取り組み」が自然です。一方、「取組」は「事業」や「計画」といった名詞に置き換えても意味が通じることが多いです。
- 例1:「DX推進への取り組みが始まった。」→「DXを推進するという行為が始まった」と置き換え可能。
- 例2:「DX推進は当社の重要取組だ。」→「DX推進は当社の重要計画だ」と置き換え可能。
判断基準3:読み手の受け取りやすさを優先する
最終的には、その文章を誰が読み、どう感じてほしいかを考えるのが重要です。硬くても正確さが求められる相手(例:役所、取引先)なのか、親しみやすくスラスラ読んでほしい相手(例:Webの読者、同僚)なのか。このように、読者を起点に考えることで、最適な選択ができるようになります。
「取組」だけじゃない!送り仮名で迷いやすい言葉の例
実は、「取組」と同じように、複合動詞の名詞形で送り仮名を付けるか付けないかで迷いやすい言葉はたくさんあります。原則はすべて同じです。このパターンを覚えておくと、他の言葉で迷ったときにも応用できます。
- 申込・申込み:フォーマルな契約書では「申込」、Webの入力フォームでは「お申込み」など。
- 引越・引越し:一般的なサービス名では「お引越し」など。
- 問合・問い合わせ:公的機関の窓口は「問合先」、企業のサイトでは「お問い合わせ」など。
- 打合せ・打ち合わせ:議事録などでは「打合せ」、日常のスケジュール調整では「打ち合わせ」。
- 受付・受け付け:場所を指す場合は「受付」、行為を指す場合は「受け付け」。
- 手続き・手続:法律用語では「手続」、一般的な案内では「お手続き」。
- 払込・払い込み:銀行の書類では「払込」、ネット決済の案内では「お払い込み」。
よくある質問(Q&A)
最後に、具体的な場面でよくある質問にお答えします。
- Q1. 履歴書や職務経歴書ではどちらを使うべきですか?
- A1. 応募書類はフォーマルなビジネス文書と捉え、原則に則った「取組」を使用するのが最も無難です。「〇〇プロジェクトにおけるコスト削減の取組」のように記述することで、堅実で知的な印象を与えられます。
- Q2. 上司から「『取り組み』は間違いだ」と指摘されました。どう説明すればいいですか?
- A2. まずは上司の指摘を真摯に受け止めましょう。その上で、「ご指摘ありがとうございます。公用文では『取組』が原則と承知しております。今回は、プロジェクトが現在進行中であるという動的なニュアンスを伝えたく、あえて慣用的な『取り組み』を使用しました。今後は部署の表記ルールに統一いたします。」など、根拠と意図を丁寧に説明するのが良いでしょう。
まとめ:自信を持って「取組」と「取り組み」を使い分けよう
最後に、この記事の要点をまとめます。
- 公用文やフォーマルなビジネス文書では、原則として送り仮名のない「取組」を使う。
- Webメディアや一般的な文章では、読みやすさを重視して「取り組み」を使っても良い。
- 「取組」は計画やテーマ自体を指す静的で硬い印象の名詞。
- 「取り組み」は行為やプロセスを指す動的で柔らかい印象の言葉。
- 迷ったときは「組織のルール確認」「読者の視点」で判断するのが最善。
「たかが送り仮名、されど送り仮名」。細やかな言葉の使い分けが、あなたの文章の質を格段に高め、読み手からの信頼に繋がります。今日学んだ知識を活かして、明日からはぜひ、自信を持って「取組」と「取り組み」を使い分けてみてください。